2008年09月06日

青島健太

青島 健太(あおしま けんた、1958年4月7日 - )は、元プロ野球選手(内野手)。新潟県新潟市生まれ、埼玉県草加市育ち。右投げ右打ち。埼玉県立春日部高等学校、慶應義塾大学卒。1989年限りで現役引退後、主にスポーツキャスターとして活躍している。

来歴・人物
春日部高から慶大へ進学。主に三塁手としてチームの中軸を打ち、1979年秋季リーグ戦ではシーズン6本塁打(当時1位タイ)、22打点(現在もリーグ記録)を挙げて脚光を浴びる。東京六大学野球通算74試合に出場し260打数79安打、10本塁打、52打点、打率.304。東芝を経て、1984年秋のドラフト会議でドラフト外でヤクルトスワローズに入団。背番号は4。翌1985年5月11日の対 阪神タイガース戦(神宮)でプロ野球史上20人目となる、公式戦初打席初本塁打を放つ。

しかし木製バットへの順応が遅れた上、故障も相次ぐなどして一軍と二軍を行き来する日々が続いた。1989年を最後に現役引退。その後オーストラリアで日本語教師を受け持つ。日本に帰国後はスポーツジャーナリストに転向。執筆のみならず、情報番組のキャスターを務めた経験も持ち、番組中での駄洒落なども交えてウィットに富む語り口には定評がある。

2005年、日本野球連盟に加盟した硬式野球のクラブチーム「ウェルネス魚沼」(新潟県魚沼市)の初代監督に就任。オーストラリア出身の選手を主体とするチーム編成(日本人選手は元広島の青木智史1人だけ)で注目を集めたものの、春の都市対抗野球県予選で敗退して豪選手は全員帰国し、チームは事実上解散。同年7月、チームの運営方針を巡る意見の相違から監督を辞任した。

しかし辞任直後の8月、セガサミーホールディングスが硬式野球部を立ち上げることが決まり、監督として白羽の矢が立った。同年発足したセガサミー野球部の監督に就任。翌2006年から公式戦に参戦した。同年は都市対抗野球大会東京都2次予選の第1代表決定戦に進出したもののそこから5連敗を喫して「初参戦初出場」の偉業は達成できなかったが、翌2007年の第78回都市対抗野球大会には東京都第3代表で初出場を決めた。同年10月のJABA千葉市長杯争奪野球大会でセガサミー初タイトル獲得を置き土産に退任した。

また2007年に新設された日本医療科学大学の客員教授に就任している。
posted by reyasu at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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